【子どもにとって読書とは】児童サービス論(4)ー司書課程受講物語 (72)ー

やっと『児童サービス論』のレポートを提出できました。
 
書いては直し直しては書いて、『出来た!』と思ってプリントアウトしても読んでいるうちにまた直したくなり….。
 
やっと観念してポストへ投函。
 
 
『子どもにとって読書はなぜ大切か』という第2課題を書くために、本当にいろいろ考えました。
 
このテーマは自分が子どもを持ってからずっと考えてきたことで、いろいろと思うことはあっても端的なことばで表現できずにいたことだったのです。
 
育児書などで『本を読むことはいいこと』とあっても、それがなぜなのか、特に子ども時代特有の理由と聞かれるとなかなか難しい。
 
一般的に「読解力がつく」(=勉強ができるようになる)ことを期待するような説明が多いと思うのですが、私にはどうも納得できずにいました。
 
結果的にそのような効果は期待出来るけれど、もっと本質的なものがあるはず。
 
『「読解力がつく」(=勉強ができるようになる)』ことに価値を置くのは、現代の教育システムの中に限定された考え方なのでは?と思うのです。
 
 
 
何年か前、小学校の読みきかせメンバーを募る声かけをする中でこのように聞かれたことがあります。
 
『読みきかせって何がいいの?まあ、本を読むのがいいとは聞くけどさあ…。やっぱり国語の成績あがるの?本好きな子は勉強もできるもんね。』と。
 
 
 
時間の都合が付かないとか、大勢の前に立つなんて苦手で〜という理由で断られることはあっても、その意義について真正面からぶつけられたのはそれが初めて。
 
端的なことばで切り返せず言葉に詰まってしまった自分にとてもショックでした。
 
読みきかせ仲間として日頃おつき合いしているお母さん達とは、読書は子どもにとって大切なものという前提の上で会話していたので、そのような質問への答えを用意していなかったのです。
 
 
今回『児童サービス論』のレポートをまとめながら行き着いたのは、本とは未知の世界への扉であり、言葉という道具を使って自分の世界を広げるものである、ということでした。
 
読書によって日常生活にはない豊かな言葉を身につけることができると思うのです。
 
人間には言葉という道具があるから思考や想像ができるし、自分の考えや気持ちを他者に伝えることができる。
 
これがよく言われる『生きる力』なのかな。いつの時代でもどのような生活環境でも不可欠な力。
 
 
ちなみに、ここでいう読書というのには文字を読むだけでなく、読みきかせやお話を聴くといった「耳からの読書」も含みます。
 
本を通じていろいろな世界を覗く楽しさに是非幼いうちに気づいて欲しいし、この感覚は大人になってからはなかなか気づきにくいのではないかしら。
 
何の先入観も持たない子ども時代を逃したらなかなかそのチャンスがなくなってしまうような気がするのです。
 
 
学校での読みきかせ活動はそのきっかけ作りのひとつでしかありません。
 
本に親しむきっかけ作りだけならメンバーが少なくてもよいのですが、親が活動に参加することは子どもと一緒に図書館や本屋に行ったりする機会にもなるんですよね。
 
だからこそ、できるだけたくさんの親御さんたちに関わって欲しいの。
 
 
 
今だったら、『読みきかせって何がいいの?』と聞かれてももう少し上手に答えることができるかな…。
 
 

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