河村尚子ショパンプロジェクト

水戸芸術館で『河村尚子ショパンプロジェクト(全4回)—第1回バラードとノクターンを中心に—』を聴いてきました。

 
席は中央ブロック右寄りの前から2列目です。昨年の内田光子リサイタルも11月5日でしたから同じ時期だったんですね、シートも大体同じようなところでした。
 
ピアノの演奏会は舞台に向かって左方向から席が埋まっていくようですが、中央より若干右手側(舞台上手側)の席の方が、音の粒が明瞭に聞こえてくるような気がするのと、演奏者の表情が良く見えることから、どちらかと言えばこちらの席を選んでいます。水戸芸のホールでいえば25番〜36番あたりでしょうか。
 
開場時間よりも早めについてしまったので、入口のCD販売コーナーに並んでいた『文藝別冊ショパン-パリの異邦人』というムック本を購入し時間ををつぶしていました。
 
 
その中にあった片山杜秀氏がショパンを語るインタビュー記事がと〜っても面白かったです。
 
片山氏は吉田秀和氏の『名曲のたのしみ』の後継番組として始まった『クラシックの迷宮』の案内役をつとめていらっしゃる音楽評論家で、お話に独特の面白みがあるのでいつも興味深く聴いています。
 
このインタビュー記事もラジオでの語り口と同様、広い見識に裏打ちされた上での次元の違うぶっ飛んだショパン談義が繰り広げられていて、ますます氏への興味が深まってしまいました。こういう可笑しみのあるクラシック音楽の評論、大好きです。
 
 
ところで肝心の演奏会ですが、『これが正統派のショパン演奏です』という雰囲気の演奏がっつりと聴かせていただきました。

 
プログラムは

ノクターン ヘ長調 作品15-1
バラード 第2番 ヘ長調 作品38
17のポーランドの歌 作品74より
  <私のいとしい人><乙女の願い>(リスト編曲)
ノクターン 変イ長調 作品32-1
バラード 第1番 ト短調 作品23

=== 休 憩 ===

ノクターン変ホ長調 作品55-2
バラード 第3番 変イ長調 作品47
子守歌変ニ長調 作品57
ノクターン ヘ短調 作品55-1
バラード 第4番 ヘ短調 作品52

最近CD録音されたという4つのバラードが全曲演奏されたのですが、それぞれにノークターンを前奏曲のようにセットにして演奏されていました。ノクターンの最後の音が消えてひと呼吸置くか置かないかぎりぎりのタイミングでバラードが始まるのです。一番最初に演奏されたノクターンが終わり拍手をしようと構えたのですが、演奏の張りつめた糸が緩まないので『?』と思った瞬間にバラードが鳴り出したのでちょっとビックリ。調性が同じだったり雰囲気が近い曲が入念に選ばれているため、まるでひとつの曲のようです。

ご本人が舞台上でその試みについて、恩師のアドバイスからヒントを得て組んでみたプログラムだとコメントされていました。前半後半共に、ノクターン&バラードを組んだセットの間に他の曲が間奏のように入っており、前半ではリストにより編曲された歌曲から二つ、後半は子守歌がサンドイッチされた構成になっていました。後半は、子守歌からノークターンへの入りも間を置かずにシームレスに繋げて演奏するというスタイルで、3つの曲が細い糸でつながれて大きな固まりとなって迫ってくるような構成が面白いと思いました。

河村さんはショパン弾きとしての挟持というか強い使命感のようなものをお持ちなのでしょうか、ピアニシモからフォルテシモまで細かくコントロールされた演奏でした。CDで聴く時にはあまり気に留めないような、左手で再弱音で分散和音を延々と弾き続けるような部分に不思議にも耳が釘付けになってしまったくらい柔らかな粒の音がきれいに響いていました。

そしてアンコールもまた、バラード4番の空気をそのまま継承するように陰鬱な2つのノクターン。一つ目は作品27-2だったかな..。(舞台上でご本人がおっしゃった上に会場出口のボードにも書いてあったのですが失念しました。)最後はノクターン20番(遺作)で締めくくられました。来年の3月に第2回目が開催されるようです。正直言うと、前半を聴いた時点では、2回目以降は行かないかも〜なんて思ったのですが、演奏全体を聞き終わった今では次のプログラムを聴くのがちょっと楽しみになりました。

 
しかしながら自分の好みだけで言えば、今日の演奏のような情感たっぷり隅々まで念入りにドラマティック、というオールスター勢揃い的なショパンはあまり好きではないのですよね。何というか、いまひとつ気持ちが入っていけないというか….。曲自体が(片山氏風に言えば)メロドラマ的な甘いものなので、演奏はさっぱりと清々しく、でも冷たくないのが好みです。どっぷりと浸り切る一歩手前に静かに佇んでいるようなペライアのような演奏が好きなんですよ、やっぱり。今回のバラードも聴きながらついつい比べてしまっているんです。そうすると、目の前の演奏はとても素晴らしいのだけどちょっと残念な複雑な気持ちになってしまうのです。このホールでペライアの演奏が聴けたらなあって。
 
 
 
<ここからは愚痴です>
音の響きが消えても、まだ演奏者の緊張がほどけていない、そして聴いている側もその余韻を味わっているのに『ほら、終わったぞ!』と言わんばかりに先頭切って大きく拍手を響かせてこられるととても気分悪いです。
 
今日の演奏会もおそらく毎回同じ人だと思うのですが、曲が終わった瞬間に拍手の先頭を切るのですよ。そのタイミングが微妙に早くていまいましいことこの上なかったです。最悪だったのが後半の子守歌のあと(多分同じ方だと思いますが)大きな拍手が鳴り響きました。演奏者の様子をよく見ていれば、次の曲にシームレスに繋がっていく気配は読み取れたはず。その拍手に釣られる人がいなかったのは幸いでした。聴衆のほとんどの方が今日のプログラムの意図を理解して演奏者の気持ちを汲んでいたのだと思います。
 

曲を良く知らなければもちろん、知っていてもやはり演奏者の動きから拍手のタイミングを計るのが大切だと思うのです。素晴らしい演奏に、いち早く拍手したい気持ちもわからなくはないのですが自分のパッションのままに…というのはどうなんでしょうか。
 
 
【追記2014.11.11】
水戸芸のブログにアンコール曲が発表されていました。
ショパン:ノクターン 変ニ長調 作品27の2
ショパン:ノクターン 嬰ハ短調 遺作 〈レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ〉

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