久々にヨシタケシンスケさんの絵本を購入。
これ、いいなあ。
『りんごかもしれない』や『ぼくのにせものをつくるには』は、自分の存在について考える哲学的なお話でしたが、これは小学生女子が自分と他者の関係や自分のココロの取り扱い方を考えるうちに….
自分の心の持ちようをかえてみたらいいんじゃん!
とか
どうしようもなく嫌な時はそこから避難すればばいいんじゃん!
という発想に至るの。
嫌いな人は苦手な人にたいして誰もが抱くネガティブな感情。それに対処するする自分なりの方法を見つけていくプロセスがヨシタケ流でなんともいえずいいのよ。
小さな気づきだけど本質をついていることばかり。
自分の心を一番よくわかっているのは自分だし、苦しい自分を楽にしてあげられるのも結局は自分だけなんだよねえ…と思わされます。
近年はネットという手軽でスピーディーな発信ツールが発達したせいか、自分のネガティブな感情を他者への同調圧力や人格攻撃という形に変化させる様に驚かされることばかり。
SNS上で繰り広げられる過激な他者攻撃もそうだし、実生活でも『白か黒か!』とか『反対なの賛成なの、あんたどっちの味方!?』とか、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』式に、ある部分での意見が違うだけの人を全否定しちゃうような雰囲気ね。
もちろん他者へのネガティブな感情は私だってたくさん持っていますよ、。
でもね、瞬間湯沸かし器のように後先考えず口にしたりSNSで広めたりっていうのはどうなのよ?と思うわけです。
人それぞれの事情や人生の背景があって、同じ物を見ていても見る方向が正反対だったりするわけだからね。
ひと呼吸おいて、相手の事情に少し思いを寄せてみたら違うものが見えてくるかもしれない。
今の日本は経済的に下降曲線だったり格差の広がりが大きくなっていたりで、不遇感を持っている人が急激に増えているのかと思うの。
その不遇感を他者を恨んだり妬んだり攻撃することで解決する空気に、ヨシタケ流で警鐘をならしているのかなあ?と思わされます。
小学生低学年だと少し難しいかもしれないけれど、子どもから大人までその年齢なりに得るものがたくさんある絵本だと感じました。
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