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「努力」について考えた話



受験シーズンが終わりを迎えています。


私の周りでも、大学・高校入試の結果が出そろい悲喜こもごも。


そんなシーズンに読んだ2冊。「努力」についていろいろ考えさせられたのでメモ。

著者 : ひろゆき
ダイヤモンド社
発売日 : 2020-03-05




ひろゆきさんと堀江貴文さん。


クールで合理的といえば聞こえはよいけれど、あまりにもとんがった物言いに眉をひそめたくなることもしばしば。熱狂的ファンもいれば激しいアンチ派もいるのがよーくわかります。


私もこれまではメディアで報道されるイメージしか持っておらず、どちらかといえばアンチ派でした。


ところが最近ひょんなタイミングで見かけた発言が意外にも自分の感覚と近いことに気付き、著書を読んでみようかという気になったのです。




ひらめきとアイディアを武器に、時にはずる賢い手法を使いながらビジネスでの成功をおさめた、「努力」という言葉には最も縁遠い青年実業家のイメージしかなかった彼らに対する見方が少し変わりました。


特に堀江さん。合理的ではあるけれど『やりたい』と思ったことには一直線。ひとつのことにこれだけのめり込めるのはひとつの才能だね。スティーブ・ジョブスの生き方にどこか通じるものを感じたわ。


高校生で新聞配達したときの話や東大受験を決心した理由、ITの世界に足を踏み入れたときの話などを読んでいると、とにかく「できない理由」は決して考えない。


実現のために必要なことならどんなに大変でもやりとげてしまう様子はすさまじい「努力」だと思います。本人は「努力」と思っていないようですが。



ゼロには何を掛けてもゼロ。まずはゼロにイチを積み重ねる時期があって、少し大きくなってからかけ算。


ライブドア事件で全てを失った後に、「またゼロに戻っただけ、ここからイチを足していけばいいのだから」っていうのは、強がりでもなんでもなく正直な気持ちだと思います。


刑務所に収監されているときに紙袋を貼る作業をしたときのエピソードが端的なのですが、課題を与えられるとどんなに些細なことでもよりよい結果になるよう全力で取り組んでしまうタチなようです。結局は何をやらせてもこういう人は成功するのでしょうね。




一方ひろゆきさんは合理的な省力型というか、誤解を恐れずにいえば「できるだけ努力はしない」ってこと。


もちろん努力そのものを否定しているわけではなく、日本人の大好きなスポ根的努力を否定しているのね。


自分が苦手なことや向いていないことに大量のエネルギーを使うのはやめて、得意な人に任せせればいいじゃん。自分は自分の得意なやり方で、でもそこに1%の努力をするんだよ、って感じでしょうか。




日本人的価値観では、得意でないことや苦手なことに膨大なエネルギーを使う「努力」が美徳とされているので、自分の人生をそちら側に振って行くのはなかなか勇気がいることなんだよね。


私も子どもたちが中学生くらいまでは、とにかく学校の勉強をガッツリして所謂「良い高校・大学」、つまり偏差値が少しでも高い学校に入って欲しいと思っていたの。


でも、だんだんと「それがこの子達の正解なのだろうか…」と思うようになり、下の子が高校受験の頃にその考えから離れるようになりました。


もちろん、小さい頃から仲のよかった同級生がトップクラスの大学に合格した..なんて話を聞くと正直羨ましい気持ちが沸いてはくるのだけど、我が子の性格を考えたら努力すべきポイントは決してそこではないのだよ、と自分に言い聞かせているところ。


これが結構難しくてね。私自身、かなり最近までスポ根的努力が正解と信じてきてしまったので、そこから外れる生き方の努力ポイントがイマイチよくわからないのよ。




努力の形も幸せの形もそれぞれ。人と比べることなく、オリジナルな方法で人生を歩いていっていいんだよね、と改めて思った次第。








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