先日書いた、小学生女子の卒業式の装いに「袴」が流行していることへの違和感。
その件について次のようなことを書いている方がいました。
女子小学生「袴」卒業式で見えた、思春期教育の後進国ニッポン
この中にある『小学校の卒業というのは社会へ出るわけでもなく、親元を離れるわけでもない、また義務教育を完結したわけでもないわけです。そうした意味で、人生における大きな達成ではないのに、金をかけて派手に祝うこと』への違和感というのが、私の感覚と近い感じがします。
思春期教育云々というのはあまりピンときませんが、親が熱くなって着飾らせたいとなるのはわかる気がします。
特に女の子のひとりっ子とか末っ子だけ女の子なんていうケースだと、お母さんの思い入れが強いのかもしれませんね。
袴の話からはずれますが、この記事にあるように親のコントロールが利くうちにエリートコースに乗せてしまおうという考え方は、私の住むのんびりした地域でもちらほらと耳にするようになりました。
中学生になると親の言葉に耳を貸さないどころか、言ったことほど反発して逆張り路線まっしぐらということもあり得ます。
素直に勉強すればそこそこの高校に進学できて自然と大学進学ルートに乗るはずが、思春期のちょっとした反発から進学率の低い学校へ進学してしまうと方向転換が難しくなってしまいます。
まず周りに進学希望者が少ない。
『進学』実績のほとんどが専門学校で、4年制の大学へ進む生徒がほとんどいないということもあります。
そうなると学校も進路指導のノウハウがなかったり、そもそも本人がその気にならないかもしれません。
大学進学を意識しない学校だと授業内容もそれなりなので、4年制大学へ進むのはかなり難しいと思います。
ましてや国公立となると本人の意思が強くても苦しい思いをすることになるでしょう。
子どもを大学に行かせたいと思ったら、早い時期にそのような環境に放り込むのが最も得策なのです。
周囲の雰囲気に流されやすい女の子だとなおさらだと思います。
この点では、最初の『袴』卒業式の話とも重なってきますね。
なんだか、まとまりのない話題ですみません。
『思春期教育』という考え方がちょっと新鮮で、いろいろと考えを巡らせてしまいました。