子どもに『夢』を煽るな。

朝日新聞のデジタル版に掲載されてたキャリア教育と『夢』という言葉についての話。ここ数年もやもやと感じていたことをとてもスッキリと表現している記事だったのでweb魚拓をとりました

そういえば、以前にも『キャリア教育』について感じていることを書いたことがありましたね


小学生くらいのこどもになら『将来の夢は?』って気軽に聞いちゃうのもありだけど(私は小学生でも幼稚園生でも聞きませんが)、高校生の進路指導の面接で『夢は?』とか聞く先生を見ると『この人、生徒のことどうでもいいんだな〜』と思っちゃいます。

希望の職業?という質問ならまだいいのかもしれない。でも『職業』という言葉からだと医者とか教師、弁護士、カウンセラーといった資格職業しか思い浮かばないと思うのよね。

本が好きなら、本屋や図書館だけではなく出版社、印刷会社、紙を扱う会社、本の流通会社とか様々な会社があって、そのなかでも編集、ブックデザイン、営業、オペレーター、校閲などなどの担当があって、さらには会社員としてやるのかフリーでやるのか、選択肢は数えきれないほどあるわけで….。


社会にどのような仕事が存在しているのかを知るチャンスを与えずに、夢を煽るばかりでは子どもは可哀想だと思う。子供たちのうっすらとした興味をすくいあげて、そこからどのような仕事の可能性があるのか広く伝えないと。

音楽家が夢だった小学生も、高校生あたりで『プロの演奏家は無理だな〜』という壁にブチ当たるわけです。その時に、音楽関係の出版社で働くとか調律師とか学芸員とかコンサートホールの企画運営とか、音楽好きだからこそできる沢山の仕事の存在に早く気づくことができれば、進学や就職についてもっと具体的に考えることができると思うわけですよ。

大人はこのふわふわとした魔法の言葉を子ども達に向けないよう、気をつけなくちゃね!とこの記事を読んで改めて感じたのでした。



コメント

  1.  グリコ より:

    おはようございます、LEE様。
    世の中が安易に『夢をもて、希望を捨てるな』『最後まであきらめるな』という呪縛をかけるのには昔から違和感をもっていました。
    特に今年はオリンピックもありそのメッセージが強かったように思います。

    『夢はYoutuberです』『お花屋さんになりたいです』、発表させて紙に書いてクラス掲示にして終わりにするのではなく、そのために実際には具体的にどんな努力が必要で、成功している人はどんなことに時間を割いているのか、どういう苦労があるのかをじっくり検証する時間がたとえば総合的な学習の時間(いまはあるのかな?)に組み込まれていて横断的に社会のあれこれがわかるような準備が必要なんじゃないかな?と思います。それでも自分が挙げた『夢』にむかって進みたいなら今は具体的にどんな短期目標を上げることが出来、自分がやれるのかをサポート出来たらそれが学びになっていくのではないかと思います。夢ではなく人生は自分が挙げてみた大目標に向かうための中目標、具体的小目標のクリアの積み重ねかと。
    『夢』とやらの実現のため、たえずPDCAサイクルが自分でできれば自ずと失敗したところからの軌道修正が出来て、all-or-nothingといった肥大した挫折感を味合わうことは最小限になると思うのですが、、、
    わたしは学期ごとにいつも茫漠とした目標を書かされるのが嫌で実はその意味すら理解していませんでした。
    だからその学期目標をもちろんクリア出来たはずもなく、、、
    今ワープできたら自分で自分にこうしてごらん、とアドバイスして、もうちょっとまともな人生がひらけたのかな〜とも薄っすら思います。
    PDCAあるいはPDACのサイクルは自分の生き方を検証・修正するうえで必要な手立てであると個人的には感じています。
    とにかく『夢を持て』と言う大人のいうことは右から左に受け流しておいて良いよ〜といいたいです。(笑)そういうのクソだからと。なんかLEE様と語り合いたくなりました(笑)

    • LEE より:

      こんにちは、グリコ様!!

      あ〜、わかっていただけて嬉しいです。
      ほんっとにグリコさまのおっしゃる通り。夢と現実の繋がりがなさ過ぎるんですよね。
      野球の大谷選手のなどは最高の成功例なのでしょうが、今の公立校でのやり方は大部分のごくフツーの子にとってはむしろ逆効果ではなかろうかと思うほど。

      そうそう、おとなが無自覚に使う『夢を持て』はテキトーに受け流していいよ〜と言ってあげたいですね。

      「クソ」と感じる方向性に近いものを感じるグリコさまと語り合えたらとても楽しそうです。ふふふ(^^)。