図書館でふと目について手にとった本ですが、とても興味深く面白い内容でした。
普段自分がもやもやと感じている断片的なことや不思議に思っていることをすっきりと説明してもらえた感じ。
冒頭で母親を殴り殺した青年の話、次に著者が思春期外来で出合う多くの青年〜大人の事例を取り上げることでガツンと問題意識を煽られてから、この不幸な社会現象の原因を少しづつ提示して行くという手法に引き込まれ、一気に最後まで読まされました。
日本の教育の現状と諸外国の教育方法の紹介に全体の2/3〜3/4のページが費やされています。
なぜ日本の学校教育が講義・暗記型なのか、大学・高校の入試において点数(偏差値)で上から順に選抜されてしまうシステムの歴史が明治時代にさかのぼって説明されています。
戦後、社会の仕組みは民主主義&個人主義に大きく変わったのに、教育のあり方だけが全く変わらないことのひずみが現在大きな社会の綻びとなって現れてきているというもの。
その危機感はすでに30年位前から指摘され、ゆとり教育への取り組みや脱暗記型教育という試みもなされたけれども東大を頂点とする官僚養成型のメンタリティから脱却していない以上、単なる小手先の改革に過ぎず子ども一人一人の社会的自立に利するような結果には終わらなかったということが述べられています。
諸外国の教育システムについても、北欧・ドイツ・スイス・オランダ・アメリカ・中国・韓国等典型的な事例をかなり細かく取り上げています。筆者はヨーロッパ諸国の成功例を高く評価しながらも、礼賛に終わらず欠点もありそこはどのように現在修正方向にあるのか等も示してくれています。
それを読むと、各国の目立つ美点だけを拾い食いするような取り入れ方をしても無意味なことがよくわかります。基本となる教育への考え方が全く異なるからです。
全ての子どもがその特性にあった教育を受け、最終的には社会で自立した生活を営めることを最終目標としている北欧型の教育。一方、国家に忠実優秀な少数の官僚をピックアップしてその他大勢については、初等教育で一定の形に嵌めておくからあとは企業や社会の中で面倒見てね、という日本の考え方ではあまりにもかけ離れすぎていると。
生まれてから20年前後を現状の教育の仕組みの中で過ごし、努力してなんとか学校を卒業した結果が社会との不適合。社会全体で人を育てることが難しくなっている中で、多くの若者が社会人として上手にやっていけずにいるというのが本当に身につまされます。
学力面で落ちこぼれる子どもだけでなく、『超』がつくほど成績優秀であっても一旦社会に出ると上手くやっていけない若者についても、筆者は丁寧にその理由を述べています。
特に成績優秀で名門大学を卒業してもうまく社会生活を営めない場合、『メンタル弱い』とか『勉強ができてもこの始末か』と妬み嫉みが絡む批判にさらされる分、より不幸な立場かもしれません。
いずれにしても今の教育システムについては大きく舵取りを迫られているわけですが、この本の中では単に問題提起に終わらず、具体的な方法の提案もされているのが救いです。
まあ、たとえ今すぐ大きく改革がなされても教育の効果が現れるのは十年単位の後ですから、我家の子供たちには関わりのないことなのが残念。親が試行錯誤してお金や時間といったエネルギーをどれだけ掛けてやれるかにかかっているのよね…というところに行き着いてしまいますね。
著者は東大を中退して京大の医学部に入り直したという強者で発達障害や人格障害の治療に長年取り組んでいるとのこと。医療少年院での経験などもふまえ多くの問題提起的な著書があるようです。
他の著書も読んでみようかとググっているうちに、かつて話題になった『脳内汚染』とがこの方による本だったことを初めて知りました。Amazonのレビューを読むと賛否両論(というか一部の読者からは袋叩き状態?)のようですが、問題提起やリスクとして頭に入れておくという気持ちで読んでおくには良いと思いますけどね。
『子どもが自立できる教育』の中でも何度か出てくる『多様性』という言葉。先日の障害者施設の事件でも感じたことですが、権利や自由が叫ばれて50年以上もたつというのに、この多様性がどんどん失われているように感じます。『白か黒か』『善か悪か』と物事をひとことで切りわけるのではなく、多くの意見に耳を傾け多角的に話し合うことを大事にして行きたいとつくづく感じます。
コメント
LEEちゃんこんにちは!
とてもわかりやすい説明と興味深い内容だったので、コメント入れさせてもらいました。
脳内汚染も含め読んでみたいです。
うちは長年耕也君が抱えてるものもあり、この類の本をかなり読み漁りました。
読みながら生活の中で実践してきたという感じでしょうか。
成績のことについて触れていたので、耕也君と生きている中で一つ感じたことをかきます。
今更私が言うのもおかしいことですが、彼は頭の良い人で才能豊かだと思うのです。
その結果、たくさんの作品も残せそうだし、ファンの方も増えました。
しかし、彼にとってそこが一番重要なことでないのは明らかです。
秋葉原や大阪の児童殺傷事件などのような、容疑者の偏った境遇によって形成された人格などを知ると必ず、もしかしたら自分もこういうこと犯していたのかもしれないと言います。
今までいろいろありましたが、今の家族は仲が良く幸せだと思うのです。
それでも彼は今でも苦悩しているんです。それはなぜか、人として本当に大切なものとは何かを知ってしまったからでもあります。自分はそういった境遇にいなかった人間、自分は手放しで愛されるべき人たちに愛されなかった人間と、今でも思い続けています。
私にとっては、今にして思えば、息子たちの子育ての参考にかなり役立っているようにも思えますが、逆に、思春期のようなこれから心が育っていく人間の難しさよりも、育てられた大人の苦悩の方がよほど厄介で難しい問題です。
今の時代は、スマホなどの普及で子供でも大人よりも情報力が優れていて、いろいろな意味で知識も豊富です。そう考えると、そういったことにも勝る大人への心の教育だったりメディアなどの意識改革が必要なんじゃないかと思うんです。
息子たちも自分自身も今後どうなっていくかわからないですが、とりあえずはこれからもそういったこと意識して生きていきたいなと思っているんです。
なんだか、LEEちゃんだからって甘えてしまい、話がそれてしまったようです。
申し訳ないです。
ふたばちゃん、コメントありがとう。
この本の中で、人間の情報処理の仕方には大きく分けて3つのタイプがあると書いてあるの。そのなかの『視覚空間型情報処理』というのが耕也さんみたいなタイプなんだと思うよ。
才能豊かで手を動かしながら何かを実践的に学んでいくタイプで、今の日本の教育の欠点をもろにかぶってしまい、劣等感を持ちながら大人になってしまうのだそう。
私もうまく理解できていないかもしれないので、詳しくは実際に読んでみてね。
脳や心が柔軟性に富んだ子どものうちに個性を無視した教育を受けてしまうと、大人になってそのひずみから抜け出すのがどれほど難しいことかというのを社会全体でもっと真剣に考えるべきだと思う。
この本は国家レベルの教育システムという視点から書かれているけど、今読んでいる『絵本があってよかったな』は家族関係の苦しみをかかえて生きてきた内田麟太郎さんのという童話作家の自伝(『ともだちや』という絵本シリーズが有名なので知ってるかも)。まだ読み始まったばかりなのだけど、ふたばちゃんにオススメします。
余裕があったらまた感想など書いてみたいと思います。感じたことを文章にまとめる心のゆとりがなくてね…。
それではまたね。