著者は自分のことを中卒と卑下していますが、実際には高校進学後に自分の意思で退学を決意しています。
また様々なエピソードを読んでいると、物事を論理的に考えたり、物事を客観的に見て適切に問題解決のできる優秀な方と感じました。
中学受験を思い立った経緯などは十分理解できますが、その方法たるや狂っているとしか思えません。同じ親として驚愕。
でも、その狂ったような時間を過ごして得たものが説得力のある言葉として散りばめられています。
勉強が大事だと教えることは、躾や腹一杯食べさせることと同じくらい重要な親の役割だと思う。(p288)
頭のいい人が重要な役目をするんじゃなくて「ミスをしない方法を考えた人」「ミスを防ぐ練習した人」こういう人が頭のいい人。だからこそ重要な仕事を任せられる。「ミスしないように気を付ける」という程度の人間に重要な仕事を任せられない。(p282〜286)
(知識を)取り出す時のことを考えている用意周到な子は(知識が)散らかった状態になることが平気でいられない。知識を得るときも常に整理しながら収納していく。取り出す時のことを考えている。散らかれば片付ければいいということではななく、収納する時の気持ちが学力なのだ。
準備する理由を知っていて、アウトプットの為にあるインプットだという暮らしに慣れていなければならない。(最難関に届く子と届かない子の差)(p332〜333)
などなど。なるほどと思わされます。
お父さんはこの1年5ヶ月を振り返って上手に言語化していますが、娘さんも(意識しているかどうかは別として)同じことを会得したことでしょうね。
なかなか真似の出来ることではないけれど、親としていろいろ考えさせられました。